私が臨月のとき、母のガンが見つかりました

 

こんにちは!CHICOです。

 

今は2人に1人がガンになると言われていますが

私の母も約5年前に悪性リンパ腫という血液のガンになりました。

 

幸い抗がん剤治療で寛解し、5年たったいまも再発はしていません。

 

先日、母と娘の入学式の話をしていたとき(まだ1年先ですが)

ふと5年前のことを思い出しました。

 

あのときはこれから生まれる娘を母に会わせることができるのかと不安でいっぱいでしたが

そんな母と今は入学式の話をしているなんて

人生ってわからないですよね。

 

今日はそのときのことを振り返ってみたいと思います。

(悪性リンパ種を詳しく解説したものではありません)

 

母のガンを知ったとき

 

出産前から母がお世話にきてくれる予定でしたが(実家は飛行機の距離です)

私が臨月に入ったある日、急に母と連絡がとれなくなりました。

 

携帯電話はつながらないし、家の電話にかけてもずっと留守電。

普段は着信に気づけばすぐにかけなおしてくる母でしたが

そのときは連絡がきませんでした。

 

後から聞いた話だと、このとき母はガンの詳しい検査のため入院していたそうです。

 

母は主治医に

娘の出産があるので治療は2ヶ月後に始めたい

と言ったそうです。

 

でもかなり進行した状況だったので主治医からは反対され

私の出産には来れなくなりました。

 

そのことを私に伝えるため、連絡がとれなくなった2日後に母から電話がありました。

 

母は前置きで「全然大丈夫だから落ち着いてきいてね」と言いましたが

ガン」という単語を聞いた途端、私は落ち着いてはいられませんでした。

 

そのときは、悲しいというより

大変!どうしよう!

という思いが強かったです。

 

時間がたって冷静になると

母はあんなに楽しみにしていた孫を見ることができないかもしれないんだ

と悲しくなりました。

 

でも、お腹の子に悲しみが伝わってしまうのも嫌だったので

必死に「治る。だから大丈夫」と自分に言い聞かせていました。

 

 

深刻な母の病状

 

母と一緒に主治医から病状の説明をうけた姉の話によると、かなり進行していたようでした。

 

お腹の腫瘍はかなり大きくなっていて、それを手術でとることもできず

主治医からも

ガンがすべて消えなくても、そのとき必要な治療をしながらうまく付き合っていけばいいんですよ

と言われたそうです。

 

そんな主治医の説明をよそに、母はしきりに「余命はどのくらいですか?」と聞いていたそうです。

よっぽどテンパってたんですね。

 

抗がん剤がどのくらい効くのかなど、治療後の経過によっても変わってくるため

主治医は「まずは治療をがんばりましょう」と、そのときは余命を言わなかったそうです。

 

母の治療は3週間おきに入院して抗がん剤治療をするというのを8回繰り返すものでした。

 

私は母に希望を持って欲しくて、生まれたばかりの娘の写真を毎日メールで送り続けました。

 

 

3ヶ月の娘を連れて帰省

 

娘が3ヶ月のとき、母の治療の合間に帰省しました。

 

髪が抜けたのをスカーフでかくしている母の姿を見て、なんともせつない気分になりましたが

娘を嬉しそうに抱っこする母を見て、一つハードルを超えられたような嬉しさもありました。

 

母は暇さえあれば娘を抱っこしていました。

娘が夜中にミルクで起きたときも、隣で寝ていた母がすぐに起きて飲ませてくれました。

 

帰省前に産後うつの影響で元気がなかった私を心配してくれて(そのときの記事はこちら

こっちにいるときぐらいはゆっくりしなさい

と言ってくれました。

 

実家ではいつも母が側にいたので、私の精神状態も落ち着いていて

娘に対してしんどい気持ちになることはありませんでした。

 

娘の存在が母に気力を与えたのか、以前のようなひょうきんさも戻ってきました。

自分と同じように娘の頭にスカーフを巻き「おばあちゃんとお揃い!」と娘で遊んでいました。

 

そんな楽しい時間もありつつ、帰省しているあいだは常にガンのことが頭にありました。

 

母が孫と過ごせるのはこれが最後かもしれない

 

そんな思いがどこかにあり

母に無理はさせたくないけど、母に好きなだけ娘のお世話をしてほしいという気持ちもありました。

 

このときは油断すると涙が出そうになり大変でした。

 

 

抗がん剤治療を終えた母

 

母が抗がん剤治療を8回終えたあと、しばらくしてから検査がありました。

 

PET検査といって、検査薬を体内に投与して専用の装置で体を撮影するとガンが見つけられるというものです。

 

この日は私と娘も何ヶ月かぶりに帰省していて、進行していないことだけを祈りながら母の帰りを待ちました。

 

帰ってきた母は私を見るなり

ガンが消えてた!先生も驚いてた!

と興奮しながら検査結果を話してくれました。

 

治療前の主治医の話から、ガンが消えることはほぼないと思っていたので

予想外の検査結果に母と飛び跳ねて喜びました。

 

世界中の人に「ありがとう!」と言いたいような気分でした。

 

 

最後に

 

こうしてあのときを振り返ると、

いま母が娘を可愛がる光景も、平和な日常も

当たり前じゃないんですよね。

このことで良くも悪くも

未来に絶対はないんだ」と実感しました。

 

なにが起こるかわからないから、いまを大事にしないといけないんですね。

 

「おばあちゃんへの電話は明日でいっか」と最近よく先延ばしにしてましたが

それも今日でやめようと思います。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

産後うつだった11ヶ月間を振り返って思うこと

2018.11.09